vol.48 謎の用語表記

クラシック音楽を演奏する際、楽譜に書かれてある様々な用語について、しっかりと理解をして演奏に臨まなければならないことは当然のこととなっています。

その用語は、作曲家が「こうしてほしい」という要望が組まれたものと言えますので、

理解に苦しむものや、あまりにも合理性がない場合に無視することを除けば、まずは従うことがほとんどです。

ところが、先日、ある演奏会に出演した際、実はちょっと困った用語に出くわしました。

 

 

その作品、

ベートーヴェン/ピアノ、ヴァイオリン、チェロと管弦楽のための協奏曲 ハ長調 Op.56 でした。

(曲名が少々長いので「トリプルコンチェルト」と略して表記させていただきます。)

 

 

実は、かなり昔から好んで聞いていた曲でして、

なのにオーケストラで演奏した経験がなかったのでした。

演奏が出来る機会を得たことに喜んだ私、

いろいろと楽しい勉強することに。

さあ、いただいたパート譜を読んでみよう!

 

ところが、ちょっと困った用語をトリプルコンチェルトの第1楽章に発見したのでした。

(以後、音楽用語であるイタリア語が出現しますことをご了承ください。)

さて、その用語とは?

 

uno basso e vlc.

(1台のバスとチェロ)

 

この用語、うっかりとコントラバスとチェロがそれぞれ1台ずつで演奏しろと解釈しがちですが、

unoとはイタリア語で1の意味。

このunoはbassoにしかかかっていないはず。

eとは英語でいうところのandの意味。

そのあとに出てくるvlcはチェロの略語。

従って、翻訳を解釈するならば、チェロは全員で弾くと考えるべきです。

 

ちなみに、私が所有しているスコアはベーレンライターのもの。

そこには、次のように書かれてあります。

 

un basso

(1台のバス)

 

ということは、その表記が出てきたら、コントラバスパートは1名だけで演奏しなければならないということ。

思わず「そんなバカな?」なんて思う私。

昔からよく知っている曲だったのに、そんなことがあったのか!

そりゃ、演奏を鑑賞する際、ソリストにはしっかりと注目をして見るでしょうが、

まさかコントラバスの動きをしっかりと確認するなんて、これまでにしたことはなかったのでした。

 

 

ところで、トリプルコンチェルトを演奏する機会を得た演奏会では、私は首席奏者を務めることになっていました。

ということは、このイタリア語表記の部分に入ると私一人で弾かなければならないことに。

う~ん、なんだかなあと思ってしまったのでした。

だってね、他の弦楽器はみんな弾いているのですよ。

他のコントラバス奏者もこうなってしまうとかなりの時間、暇になってしまいます。

一人で弾く私はとっても恥ずかしい気分に。

弱気な気分になると「僕の音、聞こえているのかなあ?」みたいな。

しかも、余計なことを考えるようにも。

「この表記、従う意味あるのかなあ?みんなで弾きたいなあ。」

おいおい、ベートーヴェンに喧嘩を売るのか⁉

 

 

なんてなことを思いながら練習で弾いて、そして本番を終えて感じたことは?

 

1.一人で弾くことは難しい

オーケストラの弦楽器奏者がほとんど弾いていて、コントラバスだけ一人という経験は、過去にあるにはあるのですが、今回のケースはわざわざ指定されていることから、どうやって弾いたらいいのか悩みました。

ただ、弾き終えてみると、案外楽しかった自分がいて、それなりに充実感を得た気分でした。

弾いているときの気分は室内楽奏者。

オーケストラ全体にアンテナを張るだけでなく、3人のソリストさんとの動きにも反応しないといけなくて、

仕事量は非常に多いのですが、やりがいはあるということ。

 

2.一人で弾く意味はある

ベートーヴェンはなぜコントラバスの人数を絞ることをしたのか、その理由を見いだせていなかった私でしたが、やはり音響的な要因があってのことだと理解しました。

今回のオーケストラの編成がそれほど大きなものではなかったことから(6-6-5-4-3の人数)オーケストラの響きに変化がついて、3人のソリストとの融合性もあるものと感じました。

 

3.一人で弾いても誰も気が付かない

練習中、コントラバスパートやチェロの人々ぐらいは私一人で弾いている場所があることは理解していましたが、他のパートの人はまず気付いていませんでした。

そりゃそうか、みんなそんなことを見ている余裕なんてないはず。

それどころか、ソリストの動きに注視することが必然ですからね。

果たして、お客様で私一人で弾いていることを気付いた方はいらっしゃったのでしょうか?

 

 

ということで、結論は、

「書いてあることは意味があるのですから、まずは守ってみましょう」ということ。

今回は私としましてもいい経験といい勉強になりましたね。

ならば、今度トリプルコンチェルトを演奏する機会があったら、是非とも首席奏者じゃなくてTutti奏者で体験してみたいなあ。

休むという感覚、果たしてどんなものなのか?

 

2019.5.4