vol.47 田園、でも田んぼはない

このコラムを書いているのは2018年11月末のころ。

実は、その翌月に、久しぶりにベートーヴェンの交響曲第6番「田園」を弾くことになっています。

私自身はコントラバス奏者としてはこれまでに何回も弾いてきた曲。

そして、クラシック音楽の中でも突出した人気を誇る名曲。

なので、このままだとこれまでの演奏体験だけで弾いてしまおうとする惰性な気持ちになってしまいそうなので、

ちょっと別の視点から勉強をやり直そうと思っている今頃。

 

 

私が10代のころ、あるアニメ作品が好きでした。

それが、宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』のアニメ作品です。

公開が1981年だったのですが、

作品の随所に流れるベートーヴェンの田園交響曲が私の中ではとても印象的だったのでした。

しかも、アニメの映像では演奏のシーンがかなり正確に描写していて、

当時コントラバスを始めて間もないころの私には、そんな描写自体にも感激していたと記憶しています。

なので、私にとっての田園交響曲は、このアニメの映像がなんとなくバックグランドとして残像がありまして、

そんなイメージでの演奏がずっと続いていたのでした。

 

 

ところが、昨年に見たテレビ番組で、オーストリアのウィーン郊外にあるのどかな田園風景が映っていたのでした。

そこで、当たり前のことですが、こんなことを思ったのでした。

「田園、でも田んぼはないじゃない」

 

当然のことですが、田園とは副題にありますけど、

ベートーヴェンは作曲当時オーストリアのウィーンにいたのですから、

日本の田舎の風景なんて知らないはず。

だから、演奏する者は、日本の田園をイメージするのではなく、オーストリアの田園風景をイメージするべきなのでしょうか?

 

「え~、そんなん、行ったこともないしなあ」

とは聞こえてきそうな声。

私もドイツには行ったことはあるのですが、オーストリアはないのです。

じゃあ、どうする?

そこで思いついたのは、ベートーヴェンが書いたドイツ語資料にヒントを探ろうというもの。

以下、時々ドイツ語が出てきます。

 

まずは、副題にある「田園」、

ドイツ語ならPastoraleとなります。

カタカナにすれば「パストラーレ」、

なんならこのパストラーレのままだったら、私は日本の田舎の風景にあるような田んぼの景色をイメージして弾くことはなかったでしょうねえ。

でも、これは日本語訳の問題、今になって標題を変更しましょうなんて無理な話です。

 

ところが、ベートーヴェンは楽譜にはこうも書きました。

 

Erinnnerung an das Landleben(田舎の生活での思い出)

 

おや、風景の描写だけではないんだ、思い出?どんな思い出だったんだろうか?

そんなこと、今更わかるはずもない。

そして、ずっとこれまでの楽譜には抜けていた語句があったのです。

1998年刊行のベーレンライター版の楽譜で、ようやく次の語句が入りました。

 

Mehr Ausdruck der Empfindung als Malerei(絵画よりはむしろ感情の表現)

 

え、感情の表現?どうやって感情を表現するというのだ?

つまりは、描写音楽ではなく、自然を前にして人間が感動する、その気持ちの表現なんだとか。

 

このわかりにくいベートーヴェンの残した言葉、でもよく考えればなるほどなあと思い、次の演奏に際しては、ちょっとした勉強のやり直しには役立ちました。

ただ、案外聞き手には、そこを強要しすぎることは危険かもしれませんね。

だって、楽曲の随所には自然描写も聞こえてきますからね。

それに、どこの国の人だろうが、その地域の風景とリンクしてはいけないなんて理屈はないはず。

そこで、私なりの勝手な妄想風景による田園交響曲の内容を以下に紹介。

なので、勝手な標題を考えました。

 

第1楽章:旅行先の高原地帯に着いた時の嬉しい気持ち

(特に夏の信州は最高!)

第2楽章:高原地帯にある小川とすぐ近くにある山の情景

(まあ、なんとなくコテージでコーヒーを飲みながらの森林浴かなあ?)

第3楽章:お盆の頃に見られるような盆踊りの練習風景

(ただ、これはやや無理があるかも?だって、踊りの質がヨーロッパと日本では全然違うのですからねえ)

第4楽章:雷、嵐

(こればかりは地球にいたら共通の風景、これこそ聞いたままの音風景)

(コントラバス奏者には絶対に弾けないパッセージがいっぱい!でも、これが雷の表現にはピッタリですよね、必死になって頑張って弾かなければ!)

第5楽章:嵐の後に晴れ間が覗いて見えて「やったー、外で遊べる」と喜ぶ私

(そして、ソフトクリームと焼きトウモロコシを食べて、ゆっくりと高原散策をしたい)

 

まあ、私個人が勝手に考えたものでして、実際は指揮者さんやオーケストラのメンバーがどう思うかですかねえ。

でも、イマジネーションは大切。単なる音の建造物だけだったら、ちょっと面白くない。

今度の演奏では、果たして会場のみなさまにはどんな田園風景が思い浮かぶのでしょうかねえ?

あるいは、自然を前にした人間のいろんな感情が伝わるのか?

と、いろいろと妄想してしまいましたけど、きっとベートーヴェンさんは「ああ、そんなんも面白いかもね」なんて喜んでくれるかもしれませんね。

そう思いたいなあ。

 

2018.11.27