vol.39 埋もれた名曲の発掘

よく、こんなことを言われることがあります。

「もっと、知ってる曲をしてください」

これ、結構悩ましいことなのです。

だって、「知ってる曲」の範囲はその人によって違うからです。

 

 「この曲は知っているだろう」と思い、お客様と話をしていると、

実は知らない曲だったということは、結構ありました。

「○○の曲をしてほしい」とかのリクエストなら、考える余地はあるものの、

「もっと、知ってる曲をしてください」というものは、案外悩ましいものなのです。

 

私が演奏活動をする際、プログラミングに関しては、曲の知名度はなるべく考えないことにしています。

むしろ、知られていない作品で名曲であれば、その作品を取り上げたくなります。

 

だってね、なんでも「知っているもの」の前は「知らないもの」なのですよ。

昔テレビを見て知ったのが、「知るは楽しみなり」という言葉。

クラシック音楽も同じ、「知ってる曲」の前は「知らない曲」だったはず。

知るようになってから、

「もっと知りたい」

「もっといろんな曲を楽しみたい」

「同じ曲でもいろんな人の演奏を味わってみたい」などなどと、

クラシック音楽を奥深く楽しめるようになるはずです。

演奏家はむしろそんな使命を抱くものではないのかと考えています。

なので、私は案外コマーシャリズムに惑わされずに、クラシック音楽の演奏に関わり、その場にご来場いただけるお客様とその場を味わえることに大きな幸せを感じているのです。

 

だからかなあ、私が関わっています室内楽ユニットのひとつ、

「Basso Cantabile」が取り上げる曲には、知られていないけれど名曲という割合が極めて多いのです。

そこで、今月30日の公演では、知名度の低い曲ばかりを選曲しました。

だから、演奏会のサブタイトルは「2つの低音楽器による埋もれた名曲の発掘」なのです。

 

 

ピエール・ルイ・ユス‐デフォルジュ
ピエール・ルイ・ユス‐デフォルジュ

さて、そんな埋もれた名曲について、

なんらかの予備知識があると、その曲を聞くにあたっては有益なことだと思いますので、

ここで少しばかりのレクチャーをしたいと思います。

紹介します曲は2曲ありますが、

まず最初に、ピエール・ルイ・ユス‐デフォルジュ(Pierre-Louis Hus-Desforges 1773-1838)の

グランド・ソナタ ト長調 Op.3-3について。

 

デフォルジュという人物、フランス人でして、チェロ奏者であり作曲家でした。

時代としては、ベートーヴェンとほぼ同時代を生きたのですが、

彼の名前は今日ではまるで知られていません。

彼の作品の楽譜も、ほとんどが入手が困難なのです。

 

彼が残した作品に「チェロとコントラバスのための3つのグランド・ソナタ Op.3(Trois Grandes Sonates pour Violoncelle et Basse Op.3)」というものがあります。

今回の公演では、その3曲目を取り上げます。

というのも、この曲の原譜は入手できなかったのですが、

コントラバス奏者でドイツ・ヴュルツブルク音楽大学教授の文屋充徳氏が改訂編曲した楽譜を使用して演奏いたします。

 

楽譜を入手した際、「グランド・ソナタとあるくらいだから、きっと演奏会のトリに出来る」と思っていたのですが、

実は2楽章しかなく、第1楽章こそ堂々としたソナタ形式で演奏時間も10分弱のヴォリュームなのですが、

第2楽章は主題と変奏の形式による緩徐楽章。

静かに曲が終了するので、トリにはならないのです。

でも、実に素晴らしい音楽。

技巧的にも見せ場があり、それでいて古典派の様式に19世紀ロマン派の匂いもあり、

極めて充実した音楽が楽しめると考えています。

 

 

では、演奏会のトリは何の曲を演奏するつもりなのか?

それは、Basso Cantabileが2012年の公演で演奏した、

ユリウス・ゴルターマン(Julius Gortermann 1825-1876)の「ベッリーニの思い出」を取り上げます。

ゴルターマンという名前は、チェロ弾きには馴染みがあるのでしょうが、

その人物はゲオルグ・ゴルターマン(Georg Goltermann 1824-1898)のことでして、

ユリウス・ゴルターマンのことではないのです。

まあ、どちらもドイツ人でチェロ奏者であり作曲家であるのですから、勘違いが起こっても仕方がないですね。

曲名にあるベッリーニは、19世紀イタリアオペラの作曲家ヴィンチェンツォ・ベッリーニ(1801-1835)のことでして、

彼のオペラ作品から旋律を引用して幻想曲のように自由に展開していきます。

実に明瞭な音楽内容に技巧的見せ場も多く、美しい旋律も味わえて、

演奏会のラストに相応しい音楽と云えます。

 

 

Basso Cantabileはリュート・カンタービレとコントラバスという低音楽器同士のデュオ。

これだけでも世界的に極めて珍しい編成に、埋もれた名曲を演奏ですから、

貴重な音楽シーンになるものと自負しています。

今回の公演では、ボッケリーニやハイドンの演奏機会に恵まれない曲も取り上げますので、

ご来場いたけますと、知らない曲から知ってる曲になる楽しみが味わえますよ。

さあ、私たちBasso Cantabileもしっかりとした準備をして、この貴重な時間を楽しみたいですね。

 

2016.7.9