前回のコラムに登場した左手のピアニストであるヴィトゲンシュタイン、
彼の演奏活動のために作品を書いた作曲家のコルンゴルト、
この2人の生きた時代は激動の時代でした。
今回のコラムは左手のピアニストシリーズの最終回ですが、正直な話、左手のピアニストに関する記述は極めて少ないです。
ここでは、激動の20世紀に生きた2人の音楽家の時代背景に迫ります。
その時代背景、激動のヨーロッパでした。
ヴィトゲンシュタインが右手を失うこととなったのは、第1次世界大戦でした。
これだけでも戦争の悲惨な側面を見ることになるのですが、
悲劇はこれだけに終わることはなかったのです。
1930年代になると、ドイツではナチスが台頭してきました。
ナチス・ドイツが行った様々な悪政政策の一つに、退廃音楽の排除があります。
時の権力者が「有害または退廃的である」とレッテルを貼って、「退廃音楽」とレッテルを貼られた音楽を排除しようとしたのでした。
なんと恐ろしい政策!
今の時代には考えられない悪行ですが、こんな愚かなことが実際にあったのです。
この退廃音楽というレッテルをコルンゴルトは受けてしまいます。
こうなると、オーストリアにいたコルンゴルトは仕事を続けることが困難となっていきました。
ただ、このレッテルだけなら、困難でもヨーロッパでの活躍は出来たかもしれませんが、もっと恐ろしいことが待っていたのです。
それは、ヴィトゲンシュタインにも関わることです。
というのも、2人ともユダヤ系人種。
ということは、ナチス・ドイツによるユダヤ人排斥の影響を受けます。
1935年に制定された悪法である「ニュルンベルク法」により、ユダヤ人の公民権が奪われ、ユダヤ人迫害が激化していきます。
人間的な生活を営むことすら困難な時代へと流れていったのです。
この2人に限らず、多くの音楽家がこの迫害から逃れ、音楽家としての生活を続けるには、亡命という選択肢を選ばざるを得なかったのでした。
2人ともアメリカへの亡命となったのでした。
ヴィトゲンシュタインにとって、戦争によって右腕を失い、
ナチス・ドイツによって故郷を追われるという、二重苦を味わう悲劇を経験したのです。
コルンゴルトも時代に翻弄された音楽家、
このことからも思うことなのですが、戦争や強権的な政治は、人々の人間的な営みを簡単に奪ってしまう恐ろしいことなのだと痛感します。
このことを知ることは、現代に生きる私にとっても大切なことと感じています。
時の権力が音楽家の活動を奪うことなど、許すことの出来ないことです。
ということで、今回の一連のコラムはここで終わります。
20世紀のヨーロッパ史については、私個人としても過去にいろんな学習をしたものでしたので、
機会があれば、そのことについても語ってみたいと思っています。
2013.7.27