今年は戦後70年。
この戦後とは、第2次世界大戦終了後と理解することとなります。
日本史的な狭義による考え方は太平洋戦争を意味するのでしょうが、
ここで私がクラシック音楽家として記述したいことは、世界に目を向けて戦後70年を考えたことです。
というのも、来月11日に、この戦後70年という節目に演奏したかった曲を演奏するからです。
その曲、20世紀チェコの作曲家、
エルヴィン・シュルホフ(Erwin Schuhoff:1894-1942)が書いた
フルート、ヴィオラ、コントラバスのためのコンチェルティーノ(1925)です。
曲に関する説明は後回ししまして、
ここでは、シュルホフという人物につきまして解説する必要があります。
というのも、彼の生没年を見れば、まさに激動の20世紀に生きた人物であることがわかります。
昨年ヨーロッパでは第1次世界大戦開戦100年という節目を大切にする風潮がありましたが、
シュルホフは第1次世界大戦ではオーストリア軍に徴兵されて従軍していました。
この体験が彼の音楽に影響が出ることは自然の成り行きだったのかもしれません。
第1次世界大戦後は反戦主義の姿勢を取り、
前衛的な作曲家としての活動が目立つようになりました。
ただ、彼の思想が彼自身を悲劇への道に導いていったのかもしれません。
1930年代に彼の活動は苦しいものとなっていきました。
いわれなき迫害を受けていくようになったのです。
まず、シュルホフはユダヤ人であることと、彼の過激な思想から、
ナチス・ドイツは彼の音楽を「退廃音楽」の烙印を押してしまうのです。
政治権力が文化活動に介入するという、あってはならない禁じ手です。
また、彼の共産主義への傾倒が音楽にも見られたことが、チェコスロヴァキア政府にも目に留まり、
音楽家としての活動は困難を極めていくのです。
このままでは生きていくことも困難な状況となることが見えてきたシュルホフは、
1941年にソビエト連邦への移住を試みますが、
その直前にプラハにてナチス・ドイツに逮捕され、そのまま強制収容所へ。
1942年に亡くなったのは、収容所の中で亡くなったのでした。
戦後70年という節目の年、シュルホフのような政治的迫害、いや人種的迫害を受けた作曲家の作品を取り上げて、平和の尊さを考えることは、意味あることと私は考えています。
政治的信条、思想、宗教、人種などで権力者が圧力や迫害を加えることなど、断じてあってはならないことなのです。
そのことを考える機会に私は得られたことを大切にしたいと思っています。
さて、今回演奏しますフルート、ヴィオラ、コントラバスのためのコンチェルティーノですが、
フルートは曲の半分でピッコロに持ち替えます。
なので、ピッコロからコントラバスまで音域は非常に広いものになります。
その間でヴィオラが和声を埋めるのですから、なんともいえない独特の響きです。
曲の性質上、摩訶不思議な調べ、変拍子、舞踊的と様々な顔を持つこの曲、
作曲された1925年というシュルホフの人生で充実していた時期ならではの作品といえます。
楽章は4つありますが、演奏時間は15分と手頃なもの。
長年、この曲を取り上げたいと思っていました私にとって、念願が叶ったことになります。
この貴重な音楽、是非とも多くの方に味わっていただき、
作品の背後にある歴史のダイナミズムを感じていただきたく思っています。
う~ん、今回のコラム、ちょっと難しい話になってしまいましたね。
でも、避けて通りたくなかったことなので、今回は読みにくいですけどご了承を。
2015.1.14