vol.12 左手のピアニスト~その3~

左手だけで演奏するピアノの曲、勿論それほど有名な作品などはありませんけれども、2000曲以上はこの世に存在するそうです。

ということは、その必要性があったからなのでしょう。

その存在要因は実に様々であり、また歴史的に見ても大変重いことでもあるようです。

今回のコラムは、左手のピアニストの世界について、歴史的考察にまで踏み込みたいと思います。

 

 

左利きでない限り、ピアノを演奏する場合、右手の方が機能性に優れていることが多い人がほとんどでしょう。

だからなのか、左手の運動性を高めるための練習曲なるものが昔から存在しています。

前回取り上げたバッハ(ブラームス編曲)/左手ピアノのためのシャコンヌなんかは、その代表例ともいえると思います。

 

 

怪我などのアクシデントによって右手が使えなくなった場合に、左手だけでも音楽を奏でることが出来るように作曲された作品も多く存在しています。

前回取り上げたスクリャービン/左手ピアノのための2つの小品などは、その範疇に含まれると考えられます。

 

 

ゲザ・ジチ―
ゲザ・ジチ―

恐らくは世界最初の左手のピアニストと呼ばれるのが、ハンガリーのピアニストで作曲家でもあるゲザ・ジチー(1849-1924)でしょう。

彼が不幸だったのは、14歳の時、狩猟の際に銃が暴発という事故によって右手を失ったことでした。

それでも、彼は左手だけでピアニストとしての活動をしていこうとしたのでした。

恐るべき情熱の高さ!

当時、彼がピアノを師事していたフランツ・リストは、彼のために自作の曲を左手ピアノのための曲に編曲しています。

パウル・ヴィトゲンシュタイン
パウル・ヴィトゲンシュタイン

左手のピアニストとして最も有名なのは、なんといってもパウル・ヴィトゲンシュタイン(1887-1961)でしょう。

ユダヤ人の実業家の息子としてオーストリアのウィーンに産まれたパウル・ヴィトゲンシュタイン(ちなみに2つ年下の弟は哲学者で有名なルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインです)、

第1次世界大戦の際には召集されてポーランド戦線にいたのですが、

その際に戦傷を負うこととなり、そのことにより右腕を切断しなければならなかったのでした。

その後、彼は左手のピアニストとして活動を展開、また多くの作曲家に左手だけで演奏可能な曲を委嘱したのでした。

その数は40曲近くに上ったのでした。

その中でも左手ピアノのための代表作といわれるのが、モーリス・ラヴェル(1875-1937)が残した「左手のためのピアノ協奏曲」でした。

 

 

エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト
エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト

でも、このコラムではラヴェルの作品については触れないことにします。
というのも、私としては是非とも触れておきたい人物が存在するからです。

ヴィトゲンシュタインが自分のための曲を作曲依頼した人物の一人に、エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897-1957)がいます。

コルンゴルトが作曲した「2つのヴァイオリン、チェロ、左手ピアノのための組曲」という曲はヴィトゲンシュタインが委嘱した作品なのですが、

この曲、私はとっても好きなのでして、楽譜も所有していますし、CDも購入しました。

5楽章制であり、技巧的にも大変難しい曲ですが、後期ロマン派の色彩が濃厚にありまして、大変素晴らしい曲です。

近年は日本でも演奏頻度が上がってきたように思います。

この曲を知らない方、お勧めですよ。

私もまた演奏会で聞いてみたいなあ。

 

 

ところで、ヴィトゲンシュタインとコルンゴルトには、20世紀の激動の歴史に翻弄される悲運が待ち受けていたのでした。

この悲運については、次回のコラムに書くこととしたいと思います。

 

2013.7.26